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TOEICはネイティブの小学生が受けるテストレベル!?
僕はTOEICで960点を持っていますが、字幕なしでどんな映画を楽しめるわけではなく、また、どんなシュチエーションでも何の問題もなく会話ができるわけでもありません。
自分の関心から遠い話題になれば、まったく聞き取れないことも多くあります。
また、もちろんどんな新聞記事もすらすら読めるわけではありません。
だから、900点を超えたからといって、完璧な英語力が身についているかと言えば、まったく違うと言えると思います。
そもそもTOEICというテストは難易度で言えば、ネイティブの小学生高学年から中学生が受ける「comprehension test」くらいのレベルです。
日本人の小学生が受ける国語のテスト程度だということです。
その全部が答えらえるからと言って、難しい漢字の全部が読めるようになるわけでは当然ありません。
TOEICが意味ない!
という人にとってはだからこそ、意味がないんだ! となるようなことのわけですが、これは反対に考える必要があります。
つまり、TOEICで高得点を取れないのであれば、その程度の語彙力も文法力もない!
とういうことを考える必要がある、ということです。
何を話すにしても、小学生程度の語彙力と文法力くらいは身に付けておかないといけないはずです。
特に成人してからの勉強というのは理屈がわからないと頭にはなかなかはいってきません。
いきなり、将棋の駒の動きのルールを暗記しろと言われて、より苦労するのは大人になった人たちです。
それは、金が斜め後ろ以外は全て動かせると説明されてもなぜそうなのか、という理屈がないからです(あるのかもしれませんが、確かな証拠や根拠はないはずです)。
英語の場合、この理屈、ルールに当たるのが文法に当たります。
TOEICで求められる語彙、文法はとんでもなく高いものではありません。
ただし、それさえも知らないという事実にこそ目を向けたほうがいい、と僕は思っています。
内容がばかげているから意味がない?
TOEICの問題というのは、
常に問題に書かれていない部分を推測して解いていく
必要があります。
例えば、2016年の改定以降に新しく加わったトリプルパッセージ(3つの文章を読んで答える問題)というのは、なにかの情報に抜けがあり、その部分を推測しながら読み進めないといけません。
例えば、本来あるべき仕事の依頼メールの情報が抜けていて、その答えに対するメールのみが掲載されているといった状態がよくあります。
この場合は、その抜けを推測しながら問題に答えていかないといかないわけです。
TOEICの問題はこういう風に色々なところに工夫があり、問題の作り方というのは非常に手が込んでいます。
一方でその文書自体は例えば、
新しいお店のオープンのお知らせ
だとかそれこそ
仕事で交わされる普通のメールの文章
であったりと、決して鑑賞して味わうようなものではありません。
こういうありきたりな味わう価値もない文章に対して真剣になっているのは馬鹿がやることという意見があるのは、そういう文章の性質によります。
TOEICとは関係ありませんが、ヘミングウェイやオスカー・ワイルドなどの文章を使って文法を学ぶという趣旨の本が出版されています(『ヘミングウェイで学ぶ英文法』『オスカーワイルドで学ぶ英文法』)。
まさにヘミングウェイの端的な名文によって美しい英語を習おうという本です。
ただ、いくらなんでも、小学生にいきなりヘミングウェイを押し付けても読み通すことは難しいはずです。
日本人であったら翻訳であっても読み通すのは難しいといってもいいと思います。
僕は10代のときにヘミングウェイの『老人と海』を日本語で読みましたが、この老人の悲哀というのはその当時の僕にはまったく理解ができないものでした。
例えばトマスピンチョンを読もうと思えば、その作品単体だけではなく、小説自体の「来し方」を知らないと読み通すことは絶対にできません。
つまり、読書をするまでにかなりの知識が必要になります。
もちろん常にサスペンスやドラマがあるような物語ではないので、そういうものを読むための体力だって必要になります。
マグロを釣って途中でその釣ったマグロをすべてサメに食われてしまった老人の悲哀を自分のことに引き寄せて感じるのにはかなりの時間がたぶん必要です。
まず英語をさわろうとしている人に、そのたぐいの文章が適当だとは僕には思えません。
最初に読むものとしてかなり文章が工夫されているTOEICを単に利用してしまえばいいだけです。
それに慣れてきたら、ヘミングウェイでもなんでも手を出していけるはずです。
進学、就学には少なくとも有利になる
利用してしまえばいいというのは何も、間口にすればいいということだけではありません。
進学や就学、昇給に利用してしまえばいいという意味でも利用ができます。
実際僕は、当時勤めていた会社で730点が必要になったので、TOEICの勉強を始めましたが、そのノルマを半年でクリアしたときにサラリーが3万円あがりました。
1か月の手取りが3万あがったので、年間にしたら、36万円です。
毎月3万円だったら結構な副業です。
その後僕は、900点を突破したあとは、ちょくちょく知り合いから英語の頼みごとをされるようになっています。
合計でさらに3万円程度は副業として稼げています。
また、TOEICの家庭教師を頼まれることもあり、3ヵ月で20万ちかくなんてざらにあります。
TOEICの点数を入社の条件にしている企業も多くあり、高得点がそのまま就職に有利にはたらくこともあります。
大学院の進学にもTOEICのスコアが必要なることがあります。
スコアによって足切りがあるのなら、そのまま進学に有利になると言えます。
直接生活に関わってくる部分で、有利になるという現実が日本にはあるのだからこれを利用して何が悪いはずがありません。
英語を上達させたいのに、算数の勉強をやっていたらそれは違うとなりますが、TOEICは全部英語が書いてあります。
英語は英語ですから無駄になることは何もありません。
モチベーション維持に利用してしまえばいい
僕がTOEICを受け続けているのは、モチベーションの維持になるからです。
TOEICの点数は700点や800点、900点に壁があると言われていて、1日1時間程度を片手間でやってもまったくスコアはアップしません。
そればかりかどんどんテストの内容が難しくなっているという現状を踏まえると点数が下がってしまうということもあります。
また本当の壁と言うのは、800点以上だったり、900点以上だったりの点数を常時取れるようになる、ということだったりもします。
どんな問題であっても常時その点数を取るというのは難易度がぐっと上がります。
そういう状態にしていくには、相当の勉強量が必要になります。
まず、僕はそういう点数の維持したい、もしくは点数をあげたいという欲求をモチベーションに変えています。
それからさっきも触れたように点数があがればあがるほど昇給の可能性がぐっと広がるのでそれもまたモチベーションにしています。
お金がないよりもあることに越したことはありません。
こういう昇給に有利だという現実的な理由によってもまたモチベーションを維持できています。
まとめ
TOEICで高得点を持っていても話すことができないから、などという理由でTOEICが不要だという意見をよく目にします。
ただし、TOEICというのはネイティブの小学生が受ける母国語の「comprehension test」程度のレベルなので逆に言うとそこで高得点を取れないとなると、それさえもわかっていない、ということになってしまいます。
基礎的な文法や語彙は必須です。
だとしたら、それを学ぶために利用してしまえばいいと思います。
それから、TOEICは進学や就職、昇給に有利になるという事実があります。
こういう事実も考えるとよりTOEICを利用してしまえばいいという結論になります。
大学の入試の問題というのはどこまでも重箱の隅を楊枝でほじくるようなものばかりで何の意味もないと言われます。
僕も大筋で賛成です。
ただし、よりいい大学に入学でれきば、よりいいサラリーを獲得できる可能性があるという事実があります。
ほとんどの人はそれを利用して社会に出ていったはずです。
別にTOEICを利用することは恥だとは決してならないと思います。
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今回は、TOEICが意味ない論争についてこの流行らないブログのなかで少し考えてみたいと思います。
僕は2020年に900点を超えましたが、節目節目の点数を取るたびに色々ないい思いをしてきました。
英語力の取得やいい思いができるという点から、僕自身の考えを書いてみたいと思います。